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プラスチックという“夢の素材”の誕生とこれから

プラスチックという“夢の素材”の誕生とこれから


Vol.12 ― 大量生産・大量消費が始まったその瞬間から、私たちは何を学ぶのか ―


はじめに:革命から共創の時代へ

1950年代、プラスチックはまさに「夢の素材」として世界を席巻しました。
軽く、強く、自由に形を変えられる。人類の創造力を支え、社会の隅々にまで革新をもたらした素材です。

しかし70年後のいま、私たちはこの“夢の素材”が引き起こした地球規模の課題と向き合っています。
とはいえ、それは単純な「環境問題」ではありません。
いま問われているのは、素材そのものではなく、人類の制度設計と価値観のあり方なのです。

そして、その転換を象徴するのが、現在国連で議論されているひとつに
「世界プラスチック条約(Global Plastics Treaty)」があります。


第1章:「夢の素材」の誕生 ― 革命の始まり

1.1 ベークライトからの出発

1907年、化学者レオ・ベークランドによって発明された「ベークライト」。
これが世界初の合成プラスチックであり、「人類が自然の制約から解き放たれた瞬間」とも呼ばれます。

だが真の転換点は戦後の1950年代でした。

その背景には3つの潮流があります:

  • 石油化学産業の発展
  • 大量生産技術の確立
  • 消費社会の到来

プラスチックは、自由・清潔・効率といった戦後の価値観と完全に合致し、「近代生活の象徴」となりました。


第2章:「使い捨て」という新たな価値観

戦後のアメリカでは、「使い捨て」が未来的なライフスタイルとして歓迎されました。
清潔・効率・手軽さ――それらは復興の象徴であり、プラスチックはその中心にありました。
こうして“便利さ”が新しい価値の基準となり、世界の生産と消費のあり方を変えていったのです。

かつての暮らし:

  • 修理して長く使う
  • 素材の価値を尊重する
  • 世代を超えて受け継ぐ

新しい暮らし:

  • 便利さを最優先
  • 衛生・効率を重視
  • 低価格と時間短縮を追求

“モノを使い捨てる自由”は、同時に“資源を手放す自由”でもありました。


第3章:地球規模の課題としてのプラスチック問題

― 世界プラスチック条約が示す転換点 ―

1970年代以降、プラスチック廃棄物の増大が顕在化しました。
耐久性ゆえに自然分解が進まず、海洋や土壌への蓄積が深刻化。
さらに近年では、マイクロプラスチックが食物連鎖や人体への影響を及ぼすことが明らかになっています。

こうした課題を背景に、国連環境計画(UNEP)は2022年、
「世界プラスチック条約(Global Plastics Treaty)」の策定を開始しました。

しかし、交渉は容易ではありません。

合意形成を阻む4つの構造的課題

  1. 経済構造の違い:産油国・製造国・消費国の利害が異なる
  2. 化石燃料産業との結びつき:原料段階からの削減に抵抗
  3. 技術・インフラ格差:発展途上国では回収・再資源化が難しい
  4. 公平な負担配分:誰がどこで責任を負うのか

このように、「誰がどこで、どれだけ減らすか」という共通ルールづくりが、最大の壁となっています。

しかし、同時にこの議論は「国際的な制度転換の始まり」でもあります。
つまり――

いま世界は、“廃棄物管理”から“資源設計”へと、視点を根本的に変えようとしているのです。

第4章:合意が難しいからこそ、進む「多様なアプローチ」

世界的な合意形成が停滞する一方で、各国や企業は独自の道を模索しています。

欧州:制度で循環を設計する

  • EU単一使用プラスチック指令(2021年〜):特定製品の段階的禁止
  • EPR(拡大生産者責任):企業に回収・再資源化の義務を課す
  • 再設計指令・DPP(デジタル製品パスポート):製品の成分・リサイクル情報を可視化

日本:社会システム全体で循環を支える

  • プラスチック資源循環法(2022年施行)
    → 事業者責任の明確化と再利用の促進
  • 自治体・企業連携モデルの広がり
    → 詰め替え、リフィル、リユース文化の社会実装

企業:市場を変えるプレイヤーに

  • パタゴニア:修理サービスによる製品寿命の延長
  • ユニリーバ:リフィルステーションで包装削減
  • テラサイクル:リサイクル困難物を新たな素材へ転換

それぞれが異なる立場から、「素材の再設計」と「循環の仕組みづくり」に挑んでいます。


第5章:サーキュラーエコノミーが示す道筋

プラスチック問題の本質は、「素材」ではなく「システム」にあります。
サーキュラーエコノミーの視点から見ると、課題は次の3段階に整理できます。

  1. リデュース(削減)
     不要な包装や一回使い切り設計を見直す。
  2. リユース(再利用)
     容器リフィルやシェアリング、回収再販モデルの普及。
  3. リサイクル(再資源化)
     ケミカルリサイクルや分子再構成技術の開発。

加えて近年では、バイオプラスチックや分解性素材など、
“新しい夢の素材”の開発も進んでいます。


第6章:課題を「未来の共創」へ

いま、世界の議論は「廃止」や「代替」ではなく、
「協働による再設計」へと進化しています。

プラスチックは社会インフラ・医療・衛生・物流などに不可欠な存在であり、
単純に“なくす”ことは現実的ではありません。

だからこそ、次の問いが重要になります。

「いかに設計し、いかに循環させるか?」

その答えは、企業だけでも、行政だけでも、個人だけでも出せません。
政策 × 技術 × 消費者意識の三位一体の変革こそ、
次世代の“夢の素材”を生み出す原動力になるのです。


おわりに:もう一度、“夢”をつくり直すために

プラスチックは人類の創造性の象徴であり、同時にその限界を映す鏡でもあります。
その物語を「失敗の歴史」で終わらせるのではなく、
“共創の始まり”として描き直すこと。

それが、いま私たちに求められている挑戦です。

「素材の責任」ではなく、「社会の責任」。
世界プラスチック条約がいまだ合意に至らないのは、対立ではなく“模索”の証なのです。

そして、未来の世代が振り返ったとき――
「2020年代こそ、人類が“使い捨ての文化”から“循環の文化”へ転換した時代だった」
そう語られる日が来ることを願って。


参考資料


もっと深く学ぶ・実践するために

Circular Eでは、欧州・日本・ASEANを横断するサーキュラーエコノミーの最新動向を発信しています。

👉 YEJapan | サーキュラーエコノミー・コンサルティング
https://yejapan.com/circular-economy

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▪著者プロフィール

山本英治(YEJapan CEO / Circular E Founder)

製造業に深い造詣を持ち、現在は欧州・日本の製造業を中心にサーキュラーエコノミー戦略の構築・導入を支援。
オランダと東京を拠点に、ESPR(Eco-design for Sustainable Products Regulation)、DPP(Digital Product Passport)、および ISO 59000シリーズ など、欧州規制への適用支援や9R施策導入コンサルティングを行う。

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