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Eiji Yamamoto

山本英治(YEJapan CEO / Circular E Founder)。 製造業のサーキュラーエコノミー戦略を支援。拠点:オランダ・東京。ESPR/DPP/ISO 59000、9R導入を実務伴走。

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北欧から立ち上がる、循環型建設の新しい道標

— Nordic Ecosystem for Circular Construction に参加しての循環型建設の向かう示唆とは。 サーキュラーエコノミーという言葉自体は、もう珍しいものではなくなりました。欧州でも、日本でも、ここ数年で一気に広まりました。 ただ、建設という分野に限って言えば、「考え方は共有されたが、現実はまだ線形のまま」そんな状態が続いてきたように感じています。 今回、デンマークで開催された Circular Build Forum の最終日、 「Launch of the Nordic Ecosystem for Circular Construction」 と題されたセッションの最終日に参加しました。 北欧では、“構想”の話はあまりしていない セッションを通してまず感じたのは、循環型建設を「どう考えるべきか」という話が、ほとんど出てこなかったことです。 代わりに語られていたのは、 * すでに実装された建物の話 * それが実際にどう機能しているか * どこで止まり、どこが動き始めているか といった、かなり具体的で、現場に近い話でした。 病院

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欧州CE規制の先にあるもの

― テキスタイル循環をめぐる、あるEU連携の対話から― これまで、廃棄物やプラスチックを起点に、「捨てたあとに何が起きているのか」を見てきました。 その延長線上に、衣服やテキスタイルの問題があります。 先日、EUの循環経済政策と連動した公式イニシアチブの一環であるEUとインドの関係者が参加するテキスタイル分野の循環経済ワークショップに参加しました。 この場では、テキスタイル分野における ESPR(持続可能な製品規制) や デジタル製品パスポート(DPP) に関して、今後委任法で議論される項目や論点が、比較的率直な形で具体的に共有されていました。 耐久性や修理可能性、再生材の扱い、製品情報をどうデータとして持たせるのか。 いずれも、すでにどこかで最近よく耳にした言葉かもしれません。 このセミナーで印象に残ったのは、制度の中身そのものよりも、その前提条件でした。 繰り返し語られていたのは、「この規制はEUだけでは実装できない」という認識です。 テキスタイルは、原料から製品になるまでの多くの工程が EUの外にあります。 インド、日本、バングラデシュ、東南アジア、南米など。 サ

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「透明なごみ」が世界を覆うとき

Vol.15| ― ペットボトルの静かな脅威 ― はじめに:見えないから、問題にならない 海辺を歩いていると、目立つのは大きなプラスチックごみです。 発泡スチロール、漁網、ペットボトル。 けれど本当に厄介なのは、ほとんど目に見えないものかもしれません。 ペットボトルは、透明で、軽く、便利です。 そして、壊れやすく、砕けやすい。 この「透明さ」こそが、問題を静かに広げてきました。 1|ペットボトルは、どれくらい使われているのか? 世界では、毎分およそ100万本のペットボトルが販売されていると言われています。 年間にすると、約5,000億本。 そのうち、リサイクルされているのは約20〜30%程度にすぎません。 日本はどうでしょうか。 * ペットボトルの年間販売本数:約230億本 * 一人あたり使用本数:約180本/年 * 回収率:約85〜90%(※「回収」であり「再資源化」ではない) 数字だけを見ると、

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“海に行かないプラスチック”のデザインとは?

Vol.14|“海に行かないプラスチック”のデザインとは? — Designing Out Waste: Rethinking How Things Begin — 海に出るたびに、私は波のあいだを漂う小さなペットボトルを見かけます。 拾い上げながら思うのは、「どうすれば、そもそもここに来ないようにできるのだろう」ということです。 リサイクルや清掃活動ももちろん大切です。 けれど、それらは“起きてしまった後”の対応にすぎません。 本当の問いはもっと手前――設計の段階で、流れ出さない仕組みをつくれるかどうかです。 1|流れ出すようにつくられた社会 プラスチックが海にたどり着くまでには、いくつもの経路があります。 川や街路からの流出、輸送途中のロス、観光地での放置。 しかし根底にあるのは、社会全体が「流れ出すようにできている」という構造です。 使い終わったあとの行方を誰も想定せず、責任の所在が曖昧なまま、 便利さと低コストを最優先に設計されてきた。 その結果、使うたびに少しずつ“余剰”が外へと押し出されています。 かつて「ごみ」は“捨てる人”の問題として語られてきました。

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